吉田文五郎関連エントリー

「文楽の人より 吉田文五郎」 織田作之助 著

恥ずかしながら、戦後派の作家・織田作之助の作品に、吉田文五郎についての作品があったとは知らなかった!因みに、文庫の表紙は吉田蓑助 ... さて、戦中戦後の人形遣いの名人・吉田文五郎って、谷崎潤一郎の『蓼食う虫』にもでてくるくらいだけど ...

「文楽の人より 吉田文五郎」 織田作之助 著

吉田文五郎(よよよ画)

人形浄瑠璃文楽の人形遣い(1869~1962)。

吉田文五郎(よよよ画)

[猪飼野]吉田玉助のメモ

... 塚本和男 昭和3年生・東京出身 昭和20年 頭取二代吉田玉市預かり 初名吉田和夫 昭和25年 三代吉田文五郎(難波掾)門 文雀と改名、文五郎と扇雀の各一字。(『文楽』文楽協会・2004 より) 日本怪談劇場(4) [DVD] キングレコード ...

[猪飼野]吉田玉助のメモ

文楽九月公演

... 木村伊兵衛のとった吉田文五郎の写真を思い出した。(禿頭が同じだから?というなかれ!)今回は文雀さん一人舞台なので、なにか貫禄みたいなものが客席にも伝わってきた。 「関寺小町」は、老いて杖をついた小野小町が ...

文楽九月公演

瀬戸内晴美:恋川

... 人間国宝となった二代目桐竹文十郎は、泉州堺に生まれ、明治の末、九歳で名人吉田文五郎に弟子入りした。以来、厳しい芸道修行のかたわら、色の苦労を芸のこやしとした彼が、生涯を通して愛した、様々な女たち。 ...

瀬戸内晴美:恋川

吉田文五郎とは?

吉田文五郎(よしだぶんごろう、1869年 - 1962年2月21日)は、文楽の人形遣い。大阪府生まれ。
初代吉田玉助の門下になり、彦六座や明楽座等に出る。1909年三代目文五郎を襲名し、1915年からは文楽座へ出て、女形遣いの名手として大正・昭和を通じて人気を集める。1959年文化功労者。
1869年生 よしだぶんごろう
1962年没 よしだぶんごろう

吉田文五郎の詳細